ノーベル賞が示した“免疫の新常識” 坂口志文教授の制御性T細胞とフアイア(Huaier)に共通する「免疫を整える力」

<執筆者>

笹森有起

薬剤師、漢方薬・生薬認定薬剤師。

日本薬科大学「漢方アロマ:漢方医療従事者専攻コース」非常勤講師。
看護管理者・看護教育者のための専門誌『看護展望』にて「漢方で癒されよう」を連載中。

2025年のノーベル生理学・医学賞は、大阪大学の坂口志文特任教授、米国のメアリー・E・ブランコウ氏、フレッド・ラムズデル氏の3名に授与されました。

受賞理由は「末梢免疫寛容を担う制御性T細胞(Treg)の発見とその働きの解明」〔¹〕です。

これまで「免疫は強ければ強いほど良い」と考えられがちでした。しかし今回の受賞は、免疫のブレーキが正常に働くことこそが健康の鍵であることを示しました。つまり、“免疫を上げる”よりも“免疫を整える”という発想が、いま世界の常識になりつつあります。

制御性T細胞(Treg)とは?

坂口教授は1995年、マウスの体内からCD4⁺CD25⁺T細胞という特定の免疫細胞を除去すると、自己免疫疾患が発症することを発見しました〔²〕
この細胞は免疫の暴走を抑える「ブレーキ役」を果たすことが明らかになり、制御性T細胞(Regulatory T Cell, Treg)と名づけられました。

免疫は本来、ウイルスやがん細胞などの異物を攻撃するシステムです。
けれども、その働きが過剰になると自分自身の細胞まで攻撃してしまう。
Tregはその暴走を防ぎ、免疫のバランスを保つ“調整弁”のような存在です。

2018年にノーベル賞を受賞した本庶佑教授の研究(免疫チェックポイント阻害薬)が“ブレーキを外す”方向の発見だったのに対し、坂口教授の研究は“ブレーキを理解し、適切に使いこなす”方向。
どちらも免疫の制御というテーマを、別の角度から示しています。つまり、免疫を「上げる」でも「下げる」でもなく、整えるという新しい発想です。

フアイア(Huaier)──免疫を整える生薬成分

フアイア(Huaier)は、中国で医薬品として承認されている生薬成分です。

2018年には肝がん術後の患者1044名を対象とした多施設ランダム化臨床試験で、再発抑制と生存率の改善が報告されました〔³〕

研究の蓄積から、フアイアには以下のような免疫調整作用(immunomodulation)があることが分かっています。〔⁴,⁵〕

  • 炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)の過剰な分泌を抑える
  • 免疫細胞(T細胞、NK細胞、マクロファージなど)の働きを調整する
  • 腫瘍微小環境における免疫抑制を改善する

これらの働きは、「免疫を高める」ことを目的とした一般的なサプリメントとは異なり、免疫システム全体のバランスを“整える”という特徴を持っています。


今回は、2018年に本庶佑先生が受賞した免疫チェックポイント阻害剤の研究に次いで、免疫学の領域での受賞です。免疫チェックポイント阻害剤は免疫のブレーキを外す薬剤で、多くのがん医療に臨床応用されています。

しかし、難点は免疫力が亢進しすぎて、いろいろな臓器への自己免疫疾患が生じてしまうことです。命に関わることもあります。一方で、今回坂口志文先生が受賞した免疫制御細胞は抗原ごとに機能しています。

つまり将来的にはがん抗原に関わっている免疫制御細胞をコントロールすることで、がんに対する免疫力のみを上げることが可能になるのです。


——新見正則 医師(オトナサローネ取材より)〔⁶〕

免疫を「上げる」から「整える」時代へ

免疫は一方向にのみ不調を示すわけではありません。ある部分では過剰に反応(亢進)し、別の部分では働きが弱まっている(低下)という、いわば「免疫混沌(こんとん)」と呼ばれる状態になることがあります。

たとえば、がんを患っていて全身的には免疫が低下している方でも、一方で自己免疫疾患やアレルギーといった免疫過剰の症状を併発することがあります。
このようなとき、「全体を上げる」「全体を抑える」といった一方向の調整ではバランスを取り戻せません。

フアイアは、免疫の一部が過剰なときには抑え、低下している部分には支える。
そんな双方向的な免疫調整作用が基礎研究で報告されています〔⁴,⁵〕

つまり、亢進している部分には抑制的に、低下している部分には活性化的に作用し、全体の免疫の調和を取り戻すことが期待されています。

これまでの医療は「免疫を上げる/抑える」という二元論でしたが、坂口教授の制御性T細胞の発見と、フアイアのような免疫調整療法の登場によって、「免疫の中庸」こそが健康維持とがん予防の鍵であることが明らかになりつつあります。この発想は、東洋医学の「陰陽のバランス」や「調和の医学」にも通じます
「免疫を上げる」から「整える」へ -その流れは、科学と伝統医療の双方が同じ方向を指しはじめた証といえるでしょう。

まとめ:免疫の未来は「調整」にある

坂口志文教授のノーベル賞受賞は、日本の免疫学のレベルの高さを世界に示す出来事でした。

そしてその根底にあるのは、「免疫を操作するのではなく、調整する」という考え方です。

フアイア(Huaier)は、その哲学を臨床で実践する代表的な素材のひとつです。
がんの再発予防、治療後のQOL(生活の質)の維持、免疫の安定化。
これからの医療は、免疫のバランスを見つめ直す時代へと進んでいくでしょう。

「免疫を上げる」のではなく、「整える」——。
その新しい時代の幕開けを、私たちは目の当たりにしています。

引用・参考文献

〔¹〕 NobelPrize.org. The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2025.
受賞理由:Discovery of regulatory T cells and mechanisms of peripheral immune tolerance.
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2025/
〔²〕 Sakaguchi S, Sakaguchi N et al. Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor α-chains (CD25). J Immunol. 1995;155(3):1151–1164.
〔³〕 Wang M et al. A clinical study on the use of Huaier granules in post-surgical treatment of primary liver cancer. J Cancer Res Clin Oncol. 2018;144(8):1617–1625.
〔⁴〕 Li Y et al. Huaier suppresses tumor progression through immune modulation: A review of experimental studies. Front Pharmacol. 2022;13:960782.
〔⁵〕 Guo Y et al. Immunomodulatory effects of Trametes robiniophila Murr (Huaier) on tumor microenvironment. Int Immunopharmacol. 2021;96:107585.
〔⁶〕 OTONA SALONE「ノーベル賞受賞テーマ“制御性T細胞”とフアイアの関係」(2025年10月6日)
https://otonasalone.jp/597781/

関連記事

ブログバナー